ゴールドレイク
クリスマスの雰囲気になってきたこのごろのある夕べ、大家さんのうちに立ち寄ると、イタリアのシンガー・ソングライターらしい音楽がかかっていたので、誰なのかきいてみました。じつは最近このジャンルのものをすこし聴いて好きになってきていたのでした。すると60年代末から活動しているロベルト・ヴェッキオーニという歌手で、最近出た新しいディスクだということでした。しらべてみると、現在かれは75歳です。
そのなかで大家さんの奥さんが、これはいい歌だといってかけた曲の歌詞のなかに、「ゴールドレイク」ということばが出てきたのに気がつきました。歌詞カードをみるとやはりそう書いてあります。
Vi chiedo solo di non far rumore
vi prego se potete fate piano
l'ho appena messo a letto che rideva
col suo Goldrake in mano
静かにしてくれませんか
どうか音をたてないで下さい
ゴールドレイクを抱いて
微笑んでいるあの子を
寝かしつけたばかりなのです
「ゴールドレイク」という名前は前にイタリア人に言われて知っていました。イタリアで有名な日本のロボットアニメの名前だというので調べてみると、永井豪の原作で日本でのタイトルは「UFOロボ・グレンダイザー」というのですが、どちらにしても私は知りませんでした。グレンダイザーは70年代のいわゆる「スーパーロボット」アニメのひとつなのですが、私は「ガンダム」以降の「リアルロボット」の世代で、おなじく永井豪の「マジンガーZ」の名前くらいは知っているものの、そのほかは知らないか、薄くおぼろげなも記憶しか持っていません。
イタリアをふくむヨーロッパやそのほかの外国では、おもに「スーパーロボット」のほうが大きな人気を獲得したようです。このジャンルでは外国人が愛着を示してくれている動画がたくさん出回っています。
ジュリオ・レジェーニ殺害事件とエジプト革命
さてこの歌は「ジュリオ」というタイトルで、ジュリオ・レジェーニという方の母親に捧げられた歌です。レジェーニさんは2016年に当時28歳で英国ケンブリッジ大学の博士課程にあった学生だったのですが、エジプトの労働組合をテーマにした博士論文の執筆のためにカイロに滞在中、行方不明となり数日後に路上で遺体となって見つかったのでした。
日本で東日本大震災のあった2011年、その前年からチュニジアではじまった「ジャスミン革命」に端を発して北アフリカでひろがった「アラブの春」の一環として、エジプト革命がおこりました。この革命で、1981年から30年間大統領の座にあったムバラクが退任して、選挙で「ムスリム同胞団」に属するモルシが大統領に就任しました。ところがモルシもまた強引な手法で反感をあつめ、就任から一年の2013年に民衆デモが発生したのに呼応して国軍が介入、クーデタによって軍事政権が樹立されました。軍事政権は「ムスリム同胞団」をテロ組織に指定し非合法化、弾圧を開始しました。
モルシのもとで国防大臣であったシシがクーデタの首謀者であり、14年の選挙で新大統領となり今日に至ります。シシ政権下では言論の弾圧がおこなわれ、人権団体アムネスティ・インターナショナルによると、一日に平均3,4人が政府指揮下の治安部隊によって自宅から拉致されているといいます。1000人以上が殺害され、4万人が投獄されたとみられています。たとえば、抗議活動に従事したうたがいで14歳の少年が当局によって拉致され、性的暴行や電気ショックをふくむ拷問を受けたと言われています。
このような状況下で、ジュリオ・レジェーニさんはカイロの近郊の道端で死体となって発見されたのでした。死体には拷問のあとがのこり、下半身の衣服はなかったといいます。イタリア政府は殺害犯のすみやかな逮捕を強硬に要求し、エジプト内務省は捜査を行いましたが、いまだに真相が解明されてはおらず、政府関係者の関与をイタリア側がうたがいエジプト側が否定するなかで、両国間の外交的な摩擦が続いています。
このような深刻なテーマが歌われていたわけですが、被害者の母親にささげられたこの歌のなかで、ジュリオさんが子供として語られ、その腕のなかには「グレンダイザーがだいじに抱かれていた」というふうに描かれているわけです。88年生まれのジュリオさんがじっさいに「ゴールドレイク」の世代だったのかはよくわかりません(イタリアでは日本から3年おくれて1978年から放映され、このとしのイタリアのシングル売上の一位はイタリア語版の主題歌だったそうです)。しかしイタリアの子供が抱いて寝るおもちゃのうち典型的なものとして、この日本のアニメが選ばれているということには感慨深いものがあります。
ロベルト・ヴェッキオーニ
イタリアでは60年代から80年代までに多くの個性的なシンガー・ソング・ライターたちが活躍しました。自作の曲を演奏する歌手たちのことですが、日本だとフォークの吉田拓郎や中島みゆき、それから井上陽水などがあてはまります。世界的にはやはり2016年に歌詞でノーベル文学賞をとって話題になったアメリカのボブ・ディランが有名です。イタリアではファブリチオ・デ・アンドレがいちばん名声が大きいのですが、ほかにもたくさんの奥深い味わいの歌手たちがいます。
ロベルト・ヴェッキオーニさんはもともと古典文学畑の人で、歌手として成功してからもラテン語やギリシア語の教授としての仕事を続けたそうです。ことし出したアルバムのなかで、もうひとりのシンガーソングライター、フランチェスコ・グッチーニさんが引退していたのを引っ張り出してデュエットで歌っている曲があります。この曲はイタリアのレーシングドライバー、アレッサンドロ・ザナルディさんに捧げられているそうです。ザナルディさんは事故で両足を失ったあともBMWが特別に彼のためにつくったハンドドライブの車でドライバーとして復帰。さらに2009年にはドライバーを引退し、五輪をめざして自転車(ハンドサイクリング)の選手となり、2012年ロンドンと2016年リオのパラリンピックで連続して金メダルを獲得した不屈の英雄です。
走ることも歩くこともできないのなら、
空を飛ぶことを学ぶことにしよう。
E se non potrò correre
e nemmeno camminare
imparerò a volare
imparerò a volare
この歌のなかでザナルディさんの逸話は、「人生に対する情熱は運命の力よりも強い」'passione per la vita che è più forte del destino'ということの象徴として意図されているとヴェッキオーニさんは言います。また、ホメロスの「オデュッセイア」でよく知られる英雄オデュッセウスの伝説について書かれた、ギリシアの近代詩人コンスタンディノス・カヴァフィスの「イタカ」という詩がことばを変えて引用されているのだそうです。オデュッセウスはトロイアへの遠征の帰りに漂流し、筏を組んで故国のイタカ島へと帰還しようとして苦心惨憺します。カヴァフィスはこの古典をロマン的手法で身近な心の問題におきかえ、むしろ「もし君がイタカへ向かうなら、旅の長からんことを願え。おそろしい人食い巨人や一ツ目鬼、怒れる海神などに出会うことなどはないーもし君が想いを高くたもち、世にも稀な昂奮が君の心と体をかきたてているならば。」と書きました。
もしイタカに向かうなら
長い旅が待っているだろう
海は勇気の櫂を奪い去り、
帆は裂け、天は荒れ狂う
だが少年よ、ただ心さえあるなら
ひとり海を旅ゆくことができる
生きることが問題なのだ
第一人者になることではない
運命など知ったことか!
Se partirai per Itaca
ti aspetta un lungo viaggio
un mare che ti spazza via
i remi del coraggio
la vela che si strappa e il cielo
in tutto il suo furore però per navigare solo
ragazzo, basta il cuore
qui si tratta di vivere
non di arrivare primo
e al diavolo il destino
ヴェッキオーニさんによるとこの曲は70年代にイタリアで「カンツォーネ・ダウトーレ(シンガーソングライター・ソング)」と呼ばれたものを反映しているといいます。現代にはすでにこうしたものはなく、アルバム全体がこの雰囲気のなかでつくられた。単純で基本的なものであれ、あるいは精妙で洗練されたものであれ、ともかくある文化に従ってすべては書かれ、歌われた。すべてはなるべくしてなった内容だった。こうヴェッキオーニさんは語ります。
'Ti Insegnerò A Volare (Alex) '「飛ぶことを教えよう」(アレックス)
アレックスは、アレクサンドロの愛称です。
翻訳 ITALOGOS
カイロで不明のイタリア人学生、拷問遺体で発見 エジプト(AFP)
http://www.afpbb.com/articles/-/3075867
エジプトで何百人もの人が拉致・拷問に=アムネスティ(BBC)
https://www.bbc.com/japanese/36780834
オーサー一覧両足切断から15年。元F1ドライバー、ザナルディがパラリンピックで2大会連続の金メダル!
https://news.yahoo.co.jp/byline/tsujinohiroshi/20160915-00062195/
Ithaka - CP Cavafy - Poems -
http://www.cavafy.com/poems/content.asp?id=74
Francesco Guccini in duetto con Roberto Vecchioni: una 'canzone d'autore' ispirata ad Alex Zanardi
https://www.repubblica.it/spettacoli/musica/2018/11/06/news/roberto_vecchioni_francesco_guccini-210899896/
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